居場所の意味
この活動を続けてきて気付いたことがある。それは、アーティストの滞在が居場所作りを担っているということだ。
森迫さんの場合、
一階にあるひとクラス分のスペースをアトリエとして、活動期間中の約3ヶ月間ほどを利用させてもらった。
そしてその場所が創作活動を通じてじわりじわりと新たな空間として認知されてゆくにつれて、
少しずつではあるが様々な人たちがやって来ることになる。
森迫さんと一緒に何かをしたい子はもちろんだけれど、
ただやってきてのんびりしている子もいれば、授業の合間にすっと抜けだしてくる子もいる。
それだけではなく、噂を聞きつけて様子を伺いに来た保護者や挨拶ついでに世間話をしに来てくれる先生など、
面白いことにこの場所がある種のコミュニティスペースのようになってくるのだ。
こういった場所を社会学ではサード・プレイス(第三の居場所)と呼ぶらしい。
(詳しくは社会学者レイ・オルデンバーグの著書『ザ・グレート・グッド・プレイス』を参照)
これは家や職場(子どもにとっては学校)とは異なる心地良い場所を指すもので、
より創造的な交流が生まれる場所であり、日常生活のストレスを緩和する潤滑剤のような役割を果たすらしい。
(知らぬ間にこんな空間を作っていたのか!)
確かに、記憶をさかのぼってみると、
これまでもおとどけアートのアトリエには
普段クラスに馴染めていないような子ども達がやって来ることがよくあるし、
不登校気味の子どもがやってきて、一緒に遊んでいるうちに
気が付けばいつの間にかこの場所を卒業して(?)普通に学校に通っているパターンも何度も目にしてきた。
(こういった効果を狙っておとどけアートを受け入れてくれる小学校もある)
アーティストのアトリエでありながら
時にサード・プレイスとして機能し、
またある時には保健室登校や別室登校の様な役割を担っているのかもしれない。
そう考えると、本来の目的とは少し違うけれど、
一時的であるが小学校という空間の中にこんな曖昧な場所が生まれるのには意味があるのかもしれない。