12月6日(土)にミ術館がオープンしましたが
ブログは11月18日の最終準備の様子をご紹介します。
朝は雪降る玄関前。
子ども達にチラシを配ります。

「みんな6日遊びに来てね~」
入口でも子どもたちに声掛け。

当日、多くの子どもたちが来てくれるといいですね。
さて、休み時間。
各部に分かれて子どもたちが制作を行いました。

作る部は広報ポスターを制作。
これは見立てからゆるきゃらを作っているところですね。

こちらは、これまで行ってきたミタテストをまとめているところ。
どんなミタテが行われていたのか、一目でわかります。
完成!!
それを壁に貼り付けます。

みんなで協力して・・・OK!
低学年の生徒と高学年の生徒が一緒になって活動をしていると、
なんか見ていておもしろいですね。
大人から見れば、小学生は全員子どもなんだけれど、
でも、1年生と6年生はぜんぜん違う。
1年生のできない事を6年生はたくさんできる。
でも、1年生の頃に出来たことが6年生になると出来なくなり、
大人になるともっとできなくなる、ということもあります。
それが何か分かりますか?

この活動を通じて見えてきたもの、大切だと思うことが
正に、その「何か」なんですよね。

小さいころは簡単にできていたのに、
大人になってできなくなってきたこと。
多分、いろいろとあると思うんですが
それは、「素直である」、だと思うんです。
1年生2年生の子達は、
我々よりもずっと「好奇心」に対して素直で
そこには理由はないんですね。
「~のため」なんて考えていない。
自分自身の中に生まれた「面白そう」という感情に
すぐに乗っかることができる。

給食を食べている時なんかまさにそうで、
自分が聞きたいことを自分が聞きたいときに聞いて、
話したいことを話したいときに話す。
だから、一度に5人6人ドンドン話しかけてくる。
いわゆる、世間でいう所の「わしゃ、聖徳太子か!」状態。
ほんと無茶苦茶ですよ。
でも、それだから面白い。

子どもが直接ぶつけてくる鮮度100%の「好奇心」が
たまらなく面白い。
もちろん、そのすべてが面白いというわけではないけれど
そういった「これ、どう!?」っていう
混じりけのない素直な良さがあるんですよね。
特に何かを意図しているわけでもなく、
ただ個人が思う「面白い」がこうやって
出会う人を楽しませてくれる。
そして、それがいつの間にか人に伝わってゆき
何が面白いのかわからないけれど
なんか、居心地が良くていい雰囲気になる。

アーティストが小学校にやってきて、
「〇〇をやります!」と誰が頼んだわけでもなく、
勝手に遊び始める。
受け手としては、
「何じゃそりゃ?」という感じなんだけれど
でも、なんかいつの間にか面白さにひき込まれてゆく。
(写真は鉄板の子どもでも出来る簡単算数、 恒河沙
-1編)
アーティストがやってくることで、
そんな場所が生まれ、そこに人があつまってくる。
おとどけアートはそんな状況を目指しているんですね。
それがどうした?
それがなんの役に立つ?
なんの意味がある?
目的は?
といわれると、
「なんか楽しいじゃないですか?」
と、答える。
その場所では、
新しい人と出会う、友だちと通う、
何かを作る、表現する、
問題が起きる、ケンカする、
怒る、怒られる、
ご飯を一緒に食べる、
色々な事が行われてゆく。
1人では起こりえなかったことが
人が集まることによって、どんどん生まれてゆく。
それが、この活動のすべてではないでしょうか。
大人になると、
空気を読む、雰囲気を察する、
相手の状況を見る、自分の立場を理解する、
色々と世の中に出て人と出会って社会の一員になってゆくと
常識というルールを身に付けてゆきます。
みんなで守ることでより良い社会を維持することができる。
ただ、
その社会が変化していった時、
枠組みが行き詰った時、
新たな枠を創造し、時にぶっ壊すことができるのは、
その中にある総意じゃなく、抜きんでた個性なんじゃないのかな。
そう、思うんです。
色々考えさせれますね。
まあ、長々と書きましたが、
8月20日から始まった活動が12月6日に「北陽ミ術館」として発表されます。
次回、その様子を公開。
乞うご期待!